【小泉武夫の冒険食】は小泉武夫先生が東京農業大学教授時代に体を張って各地の食文化を研究した記録です。
カニではなくヤドカリ
石垣島では大きなヤシガニをいただいた。カニとは言ってもカニの仲間ではなく、正確にはオオヤドカリ科甲殻類に入るヤドカリの仲間である。ただし、一般的なヤドカリのように貝殻を背負っているわけではなく、頑丈な殻をもっている。つまり「宿無しのヤドカリ」である。
ヤシガニ
英名を “Robber Crab” 、すなわち泥棒ガニと名付けられたのは、深夜にこっそりとヤシの木に登り、ヤシの実を切り落として巣に運ぶという伝説ゆえだが、実際にはそんなことはしない。時々木に登る程度である。
元来は南太平洋や南西諸島の貴重な食料であり、沖縄県八重山地方(石垣島や西表島など)では、マッカンまたはマッコンと呼ばれ、人気の動物であった。しかし今は無人島にでも行かないとなかなか見つけられなくなってしまったため、なかなか食べることができなくなってしまっている。
腰を抜かし、頬落するほどの美味さ
ヤシガニは毒を持っているため、よほど上手に解体、調理しないと、腹痛や吐き気、ひどければ呼吸困難や脱水症状まで起こすという。したがって今でも食べる時は警戒を怠ってはならない。原因はヤシガニの腹腔にある線状の臓器にあるようである。
しかし、毒の脅威を乗り越え、一度茹でたヤシガニの肉身にミソをつけて食べると、あまりの美味さに腰を抜かすほどだ。ハサミや脚に、カニやエビにも似た肉がむっちりと詰まっている。茹でる前は黒ずんだ紫青色であるが、茹でるとまことに鮮やかな紅色に変化し、甘く耽美で誠に美味である。
茹でると紅色に
さらにミソもたっぷり入っており、そのミソは実に脂肪味が濃く、深い奥味があり、そしてコク味がのっていて、これは絶句するほどの宝味であった。ひと舐めして仰天、ふた舐めして舌踊り、み舐めして頬落と相成る。これぞ魔性の味であった。
肉身とミソがたっぷり
〔参考:『冒険する舌−快食紀行秘蔵写真集』(小泉武夫、集英社インターナショナル)、『食のワンダーランド』(小泉武夫、日本経済新聞社)〕