富山湾で採れるホタルイカは日本一! いや世界一! と地元の人々はみな、自信満々に答えます。富山の春はホタルイカの季節。まるまる太ったぷりっぷりの新鮮なホタルイカを食べるなら今!しかもホタルイカは発光する姿も幻想的で美しい。光って楽しい、食べて美味しいホタルイカ。イカ類の中では極小なのに、こんなにも愛され魅了される、イカしたイカはないのではなイカ(くどい)。そんなわけで、この時期は何から何までホタルイカ尽くしの富山県滑川市へやってきました。
滑川駅。看板には無言のホタルイカアピール
滑川市はホタルイカ尽くし
ホタルイカの街として知られる滑川市。地元の人たちは、自分たちのことを「ホタルイカ市民」と名乗るほど、ホタルイカに愛着を持っています。この時期は学校給食にもホタルイカが登場するらしい。マンホールにはホタルイカの絵が描かれ、市のゆるキャラ「キラリン」ももちろんホタルイカ。気を付けて見ていると、町のあちこちでホタルイカモチーフを見かけます。その昔は雑魚と思われ、畑の肥料にされていたという不遇の時代もあったらしいですが、今や富山のシンボル、富山の輝けるミューズ、ホタルイカ!
駅から10分も歩けば海。そこでまずは海沿いにある「ほたるいかミュージアム」を訪ねました。ホタルイカの生態について詳しく学べる様々な展示があるほか、シーズン中は生きたホタルイカに触れるタッチプールや、青い光が美しい発光ショーなどもあります。ホタルイカは飼育・養殖ができず、水槽に入れると数日で死んでしまうため、ミュージアムのスタッフが毎日船に乗り、漁師さんたちと一緒に漁に同行して確保しているそうです。
ホタルイカミュージアム入り口
ホタルイカを手に取って触れるコーナー
ホタルイカ漁は3月〜5月
実は、ホタルイカの漁獲量が日本で一番多いのは、富山県ではなく兵庫県。しかし、一番美味しいのは富山県だ!と地元の人々は胸を張ります。富山湾でホタルイカ漁が行われるのは3月〜5月の短い間だけ。それより期間を早めるとまだ成長してないものやオスのホタルイカ(小さい)なども混じってしまうそうです。富山では、成熟した産卵期のメスしか獲りません。ちなみにオスは交接行動の後、先に死んでしまうので、3月にはもういないのだそうです。あわわ。
ホタルイカは通常、主に日本海の水深200〜600m辺りで暮らしているらしいのですが、早春の産卵期になると、メスは浅瀬に浮かんできます。2万個ほど持っている卵を、何回かに分けて産卵しに来るんだそうです。神秘的な青い光を発しながら、たくさんのホタルイカが接岸する様子は世界的にも例がなく、ここだけの珍しい現象であり、自然がもたらす絶世のイリュージョン。その群遊海面は国の特別天然記念物に指定されています。ホタルイカ自体ではなく海面が、とのことなので、食べるには問題ないそうです。よかった!
市民もホタルイカ狩り
ホタルイカが接岸することは「身投げ」と呼ばれ、この時期になると、網とバケツを持った人が夜中にたくさんやってきて、ホタルイカ狩りに勤しんでいます。コンビニやホームセンターに行くと、網やバケツはもちろん、ヘッドランプ、防水パンツなど、狩りに必要な道具が当たり前のように販売されています。鍋とカセットコンロを持ってきて、その場で茹でている人もいるほど。
ホタルイカ漁は一般に底引き網で獲ることも多いそうですが、富山県では定置網が使われています。船で10分もかからないところに網が仕掛けてあるので、岸から眺めても「あ、あれだ!」と分かります。現在は11基あるそうです。底引き網だと産卵前の小さなホタルイカも一網打尽に捕獲してしまいますが、定置網は産卵が終わって帰ってくるものだけを捕獲するため、サスティナブル(持続可能)な漁法といえます。
垣網は稲わら製
ホタルイカを誘導するための垣網は、今でも人の手により稲わらで編まれていて、漁の時期が終わるとそのまま海へ沈められます。網は自然素材なので、プランクトンの餌になったり、小魚やホタルイカの隠れ家となったりして役立ちながら、徐々に朽ちていくのだそうです。そのため毎年新しい垣網が作られます。かつてナイロン製の網を作ったこともあったそうですが、それだとホタルイカが誘導されないそうです。自然とは不思議なものです。
さて、お待ちかねの夕食は、地元の割烹「あらき 」へ伺いました。予想通りホタルイカ三昧。刺身、釜揚げ、沖漬け、麹漬けなど、あらゆるホタルイカ料理が並びました。
艶やかでふくよか。見目麗しい生ホタルイカ
鍋でさっと茹でていただく釜揚げに
こちらは刺身です
“竜宮そうめん”の味
今朝獲れたばかりのホタルイカがすぐ手に入るため、まずはあまり加工せずに食べたい! 特に刺身は新鮮さが命、現地へ行かなければ味わえない旬の味覚です。ちなみに生のホタルイカは内臓に寄生虫がいて腹痛になることがあるので、踊り食いは絶対いけません。刺身は必ず内臓を抜きます。火を通したものや業者によって一旦冷凍したものは大丈夫です。
新鮮なホタルイカの刺身は生臭みもなく、上品な甘みがあって、つるりんと心地よい喉越し。小さな妖精を食べてしまったかのような背徳感。ちなみにゲソ部分は竜宮そうめんとも呼ばれており、なんとも優雅なネーミング。夢のように繊細で儚い味わいと食感です。そして釜揚げホタルイカはワタも詰まっているので、噛んだときにキュッと口中に広がる芳醇な旨味が悶絶のおいしさ。これは誰とも話さず目頭押さえ黙って貪りたい味。一応酢味噌が付いているけれど、正直何も付けなくてもOK。イカに心を集中したいなら自然の塩味だけで十分です。これらを食べただけでも、富山まで来た甲斐がありました。
発酵系ベスト三品
発酵系ではザ・酒のアテと思える三品が出てきました。
沖漬け、醤油麹漬け、塩麹漬け
左端は純米の煮切り酒と醤油に漬けた沖漬けです。ホタルイカの沖漬けは富山ではとてもポピュラーな食べ物です。醤油は小矢部市にある畑醸造で2年間寝かせた天然醸造。昔ながらの小さな麹蓋で麹を造っているそうです。真ん中は塩麹漬け、右は醤油麹漬けで、半日ほど漬けたものとのこと。南砺市にある石黒種麹店より麹を仕入れて作っているそうです。
もやし屋さんとも呼ばれる、種麹を作るところは全国でももう数社しかなく、その中の希少な1社です。あらきではオープン当初から一貫して添加物を使わず、材料はできるだけ地元のものにこだわっています。麹の旨味をたっぷり吸い込んだ、ふっくらと大ぶりのホタルイカは、言わずもがな無限に酒を欲する味です。(満寿泉、勝駒、そして滑川の千代鶴をいただきました)見た目より辛さは強くなく、麹の自然な柔らかい甘みが奥から追いかけてきます。
ホタルイカの石焼き
さらに興奮が止まらなかったのがこちらの石焼き。能登のいしる(イカの魚醤)に漬けたホタルイカを石皿の上でじゅわわーっと焼きます。イカ独特の香ばしい匂いが部屋中に容赦なく充満し、いてもたってもいられない! 魔性のイカ! もうこの時点で50ホタル(もはや単位です)くらい食べているのではないでしょうか。
酒も進み満腹状態で、このままゴロリンと眠りこけそうになりましたが、さて、この後夜中の3時からホタルイカ漁を見学に行きます。(次号に続く)
写真・文:江澤香織
ライター。食・旅・クラフト等を中心に活動。著書「山陰旅行 クラフト+食めぐり」「青森・函館めぐり」「酔い子の旅のしおり」等。酒蔵や酒場を中心に巡るツアーやイベントも主宰。発酵マニアで各地の発酵食品の現場を訪ねることはライフワークのひとつ。