中央アジアの主食はパン。現地ではノンまたはナンと言う。
日本人の食卓に、炊いた米粒が欠かせないように、中央アジアではノンのない食卓なんてあり得ないというほど大切な主食。
ノンは地方によって形状が異なるが、基本的に全て丸い。そして、表面に美しい幾何学模様の装飾が施されている。
ブハラのノン
サマルカンドのノン
キルギスのノン
小麦粉、水、バター、塩を手ごねして発酵させて形成し、タンディルという大きな釜で炭火で焼く。
パンといえば直方体の形状を想像しがちな日本人にとって、「パン」の概念を覆してくれる。
世界一大きな大陸、広大な地続きのユーラシア大陸では、食文化の国境はない。
それぞれの土地や気候などの自然条件と、そこに暮らす民族や宗教や文化の価値観による差異によって発展したこの食文化は、政治が決めた国境という線で区切ることは不可能である。
人々の日常の基本的な営み〜つまり食べること〜を誰も支配することは出来ない。
しかしなぜ、日々あっという間に食べられてしまうような、日常の主食「ノン」の表面にこのような緻密な幾何学模様を付けるのか?
模様と味とは密接な関係はないはずだ。その答えは、かつてのチムール帝国の首都サマルカンドの歴史的建造物の風景と重なった。
イスラム教は偶像崇拝をしないため、宗教施設として利用されていたこれらの建造物は、幾何学模様の細かい装飾が施されている。
食べることは生きること、感謝すること、大切にすること、そして、祈り。模様の意味は、彼らにとっては、無意識なのかもしれない。けれども、いつもの日本の日常生活で、ごはんと味噌汁を前に「いただきます」と手を合わせる自分とも重なる。食べることは、歴史も文化も宗教も越える、ボーダレスな祈り。そんな風に感じてならない。
ところで、この中央アジアの丸いノン、なんと日本でも現地と全く同じものを食べることができる。
日本のリトル中央アジアを求めて、埼玉県春日部市へ向かった。
(つづく)
取材/文:市川亜矢子