そもそも牛の乳は、お母さん牛が自分の子に飲ませるものだが、それを人間が横取りして牛乳とし、そこからヨーグルトやチーズやバターなどの乳製品を作り、ヒトが利用している。
もちろん、現代社会ではお母さん牛からの横取りではなく、合理的な牛乳の生産が世界中で行われている。
地球上では、農耕に適さない砂漠地帯や乾燥地帯を中心に、伝統的な牧畜を行う民族が多く存在している。夏の高温や冬の容赦のない低温、痩(や)せた土地や砂地、水が恒常的に手に入りにくい場所、ヒトが厳しい自然環境で生き抜く知恵として家畜を飼い、そのミルクを生きるための栄養源とする。そんな土地で生きる彼らにとってミルクは食生活の主要な部分であるから、家畜とヒトの距離がとても近い。
中央アジアの乾燥したステップ気候地帯の村。どの家もごく普通に牛を飼っていて、朝一番の乳搾りから1日が始まる。
1回でだいたいバケツ半分ぐらいの量の乳をお母さん牛からいただく。
もちろん、絞ったミルクはそのまま飲めないので、鍋で軽く加熱する。いわゆる「低温殺菌」というやつだ。
加熱後のミルクをしばらく放置すると、表面に凝固(ぎょうこ)した乳脂肪分が浮いてくる。生クリームと似たもので、そのまま食べても、パンなどにつけて食べても濃厚で美味しい。
そんな絞りたての加熱殺菌済みのミルクを、淹(い)れたての熱い紅茶に入れて飲む。
これ以上の極上のミルクティーがこの世に存在するだろうか。
「濃厚」なんていう言葉では薄っぺらい。
表面にかすかに乳脂肪の脂が浮く、このミルクティー。一口すすると、舌の上で柔らかい甘みがとろけ出す。そしてうっとりするようなミルキーな香りが鼻から抜けて、自分の頭蓋骨全体に広がってきて、頭がくらくらする。
究極のミルクティーが飲める時期は限られていて、春先から夏の牛の出産がピークの時期。
牛乳は本来一年中安定して採れるものではない。
ちなみに、こういった伝統的な牧畜文化圏では、牛乳単体を飲むという習慣がない。
牛乳という限られた食資源を、あらゆる手段で加工し、ヨーグルト・バター・チーズなどの保存可能な食品に変えていくのが一般的だ。
牛乳は、知ると奥が深い。
生きた牛と、コンビニやスーパーで売っている牛乳パックのイメージがつながらない現代社会に生きる者としては、牧畜民の村で学ばされることは多い。
取材/文:市川亜矢子