忘年会からお正月、そして新年会とお酒の絶えない時期だ。特別な酒を飲む機会にも恵まれる。旨い日本酒を楽しみ、日本人に生まれた喜びをつくづく感じた人も多いのではないだろうか。なぜ、こんなにも旨い酒が日本各地で造られるのか? 名酒と称えられる日本酒はどう生まれるのだろうか?
福島の造り酒屋に生まれ、さまざまな日本酒を愛し、日本全国の酒蔵を巡ってきた小泉センセイには、日本酒に関するありとあらゆるデータが蓄積されている。鉄の胃袋と発酵・醸造学の専門家の舌から導き出された名酒の条件は、3つ。水、土、気候だ。
・水
名酒が造られている酒蔵は、必ずといっていいほど名水の地にある。
清酒の原料は水と米と麹のみ。清酒の成分の80%が水である。水の質が酒の味を左右するのは当然のことといえよう。
さらに、水は原料の成分が融解する“場”となり、リンやカリウム、カルシウムなどの無機成分が酵母の栄養分として使われ、発酵を助ける。逆に、酒が着色する原因となる鉄やマンガンのほか、アンモニアのような成分を含まないことも条件になる。
・土
水の質が清酒の味に影響するということは、当然土壌も深い関わりをもってくる。湧き水となって地表にあらわれる前に、水は長期間地下を流れ、土壌の成分をゆっくりと溶解していくからだ。
現在では、水をろ過したり必要な無機物を加える方法もあるが、もともとの土壌がその役割を果たしている方がよいのは言うまでもない。
・気候
もちろん、原料の米の質も日本酒の味に大きく影響する。一般に食用にする米と酒造りに適した米は性質が異なり、大粒で、心白(しんぱく)といって粒の中心部に白色で不透明の部分があり、たんぱく質の含有量が少なく、蒸して軟質になるものがよいとされる。特に酒造りに適した米は「酒造好適米」と呼ばれ、「山田錦」「五百万石」「雄町」「八反」などがある。
名酒の条件として、酒米の出来に影響する気候も大切なのだ。
面白いことに、酒米の生育に適した気候風土と、一般の稲作では同じではない。例えば、酒米の代表ともいえる「山田錦」は、山の田で栽培されることからついた名だ。ほかの酒米も、適度に日照があり、排水のよい山寄りの高地で栽培されていることが多い。そのような気候風土では収穫量は多くないが、粒に力のある米が育つのだ。
これから旨い酒に出会ったら、「この酒旨い!」の次に瓶をひっくり返して見てみよう。ラベルを「水」「土」「気候(酒米)」の3つ観点から読み込めば、その酒の背景が見えてくる。日本酒の楽しみ方がさらに広がっていくことだろう。
〔参考:「酒の話」(小泉武夫、講談社現代新書)、「発酵食品学」(小泉武夫、講談社)〕