【歴メシを愉しむ(67)】
水もしたたる水茄子で暑気払い

カテゴリー:食情報 投稿日:2020.07.15

二十四節気「小暑」の時候。本格的な夏の暑さが到来する前の時節ということだが、すでに蒸し暑さは本格的で、身体を冷やしてくれる暑気払いの美味に救いを求める日々である。

暑気払いに嬉しいと思うものは冷酒を筆頭に様々あれど、大阪人にとって欠かすことができないものが、この時季だけの味わい、大阪名物「泉州の水茄子」。代表的な食べ方はなんといっても浅めに漬けた糠漬で、毎日いや朝昼晩と毎食でも食べたい私の大好物である。

 

夏の果物だった水茄子

今や全国ブランドとなった泉州の水茄子の歴史は古く、室町時代の書物『庭訓往来(ていきんおうらい)』に、「澤なす」として記されている。このことから、水茄子の発祥の地は貝塚市の澤地区と考えられている。

この地方では昔から、水茄子を田畑の隅に植えて、夏場の農作業の渇いた喉を潤してきたといわれ、古くは「水果(すいか)」とも書かれたことから、夏の果実として位置付けられていたのだろう。また「水の物」「水鉢肴」との別名もあったという。

 

秀吉も千利休も愛した泉州の名物

かの豊臣秀吉や千利休、秀吉寵臣の御伽衆(おとぎしゅう/主君の側で話相手となる和歌、茶の湯ほか特殊な芸能に秀でた者のこと)・曾呂利新左衛門(そろりしんざえもん)らにも愛されたと伝わっている。

泉州で水茄子が栽培され始めたのは江戸時代初期からとされており、水茄子の糠漬は、当時から地元に伝わる食文化なのだ。大変繊細な作物で、泉州以外の土地では土質が変わるため育たない。初代土佐藩主・山内一豊が参勤交代で土佐へ帰る途中、岸和田城に立ち寄った折、茶粥と一緒に出された水茄子をいたく気に入り、その味を忘れられず、土佐で水茄子の栽培を始めたが、育たなかったという挿話もある。

 

朝昼晩の水茄子で夏バテ知らず

まさに水果のごとく、みずみずしく、サクっとした食感と涼やかな甘みが美味な水茄子は、今や夏を代表する漬物として、日本中で人気がある。私は浅めに漬けた糠漬はもちろん、そのままを洗って縦に割き、ちょちょっと塩でもみ、おろし生姜と醤油をちょんとつけて食べるのも大好きだ。淡口醤油とみりんでサッと煮て、仕上げに花鰹をふりかけて冷やしておく、冷やし水茄子煮もいい。あまりにも美味なため、ペロリペロリといくつでも食べられてしまうので、糠漬にしろ、冷やし煮にしろ、最低でも一度に7~8個は仕込んでおかないと間に合わない。

梅干のことわざに、「医者を殺すにゃ刃物はいらぬ 朝昼晩と梅を食え」なるものがあるが、大阪弁で水茄子に言い替えると、「朝昼晩に水茄子あったら、暑気払いなんか心配いらん」となる。

さて、もうひとつの水茄子の異名・「水鉢肴」の水茄子と、これまた暑気払いになくてはならぬ冷酒を友に、ぼちぼちと参りますか。

歳時記×食文化研究所

北野智子

 

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この記事を書いた人

編集部
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