保存性も栄養価も高まる熟鮓
今では珍しくなった保存方法に、熟鮓(なれずし)があります。これは、魚を発酵させて保存する古来からの知恵で、北は北海道から南は鹿児島県まで、沖縄県以外の各県で広く行われていました。熟鮓は、魚と米飯に塩、麹などを加えて漬け込みます。期間は数ヵ月から数十年に及び、熟成するほど米飯が溶けてどろどろになるのが特徴です。長期間漬け込んだ熟鮓は魚だけを食べ、短期間漬け込んだ熟鮓は米飯が姿を残しているので、魚と米飯をいっしょに食べることになります。
熟鮓は発酵食品なので、単に保存性が良いだけではなく、栄養価が高まるというメリットがあります。魚を生の状態で食べるよりもはるかにビタミンやタンパク質が豊富になるので、とても優れた救荒食品であるといえます。
魚を保存するための知恵
そのほかの方法としては、魚を開いて天日に干したり、そのまま丸干にしていました。これは今でも海辺の風景として残っているので、おもに漁業の一種と考えられていますが、昔はどの農家でも庭で魚を干していたのです。干した魚は茶箱に入れて保存しました。大きな茶箱に乾燥材として炭を何本も入れ、干した魚を仕舞っておいたのです。
海辺の人々は、海から獲った魚を食べていましたが、保存にも熱心でした。獲ったばかりの魚は刺身で食べたり、焼いたり煮たりして食べます。残った魚はいざというときの備えとして、天日に干し(アジの開き、サンマの味醂干し、するめなど)たり、発酵させたり塩蔵していました。
昔の人は、海の近くに住んでいれば、いつでも魚が獲れると思ってはいけないことを知っていました。たくさん獲れる日もあれば、時化て何日も漁に出られない日もあります。地震や津波などの災害が多いことは、日本の宿命であることを知っていた昔の日本人は、常に保存に気を配ってきたのです。私たちもまた、災害時の救荒食品として、魚の保存方法をもう一度見直す必要があるでしょう。
小泉武夫