福井県の国中町という小さな町にて、300年以上続いている不思議な行事があります。お椀にありえないほど山盛りにした味噌和えのごぼうを、ただひたすら食べるという奇祭です。これはどうしても見てみたい!ということで、祭りの現場を訪ねてみました。
もともと冬は雪深い福井県ですが、2018年はここ10年でも最高だという怒涛の大雪に見舞われました。福井駅前の恐竜オブジェもどっさりの雪に埋もれていました。
福井駅前の恐竜オブジェ
ごぼう祭りの正式名称は「惣田正月十七日講(そうでんしょうがつじゅうしちにちこう)」といい、通称「ごぼう講」と呼ばれます。毎年旧暦の正月17日に当たる2月17日に行われます。江戸時代中期の宝永2年(1705年)の頃、領主に内緒で作った隠し田から収穫した米を、男たちが密かに集まって、ごぼうをおかずに食べて楽しんだことから始まった、といわれています(他、年貢の取り立てが厳しくなった時、神社の蓄財から困窮者を助け、村人の流出を防いで団結強化を図る目的で行われた、など諸説あり)。今回は、祭りの準備も見せていただけるということで、前日の16日に現場を訪ねました。福井市内から鯖江方面に車を走らせ、山の奥へとどんどん入っていきます。それにしてもものすごい雪です。
雪に埋もれる国中町
現場へ到着すると、ごぼうを茹でている真っ最中でした。自宅のガレージのようなところに町の人たちが集まり、一斉に作業しています。ごぼう講に参加できるのは、国中町に住む男性で、現在45人ほど。全体を取り仕切る宿主は町内で毎年当番制になっており、今のところ45年に1回廻ってくることになります。宿主を務めることは、結婚式や葬式並みに大変なことだそうで、開催するのは自宅だし、経費もほとんど自己負担。今回の担当の方もこれを機に家をきれいにリフォームされていました。
茹で上がったごぼうを取り出す
多くの人が集まる宿主のガレージ
ごぼう講の前日は、1日がかりで料理を作って準備します。近所の人たちが大勢集まって賑やかです。あちこちにビールの缶が転がっていました。この作業は男性のみという決まりです。料理のレシピも受け継がれており、毎年同じものを作ります。300kgのごぼうを1時間以上糠に浸けてアクを抜き、大きな釜で20分ほど茹でます。茹で上がったごぼうは熱々のうちに叩いて柔らかくし、手で繊維をほぐします。大勢の男たちがすりこぎを片手に待ち構えており、ごぼうが到着すると一斉にバンバンと叩き始める様子は圧巻です。
熱々のごぼうをみんなで叩く
味噌と三温糖を混ぜて練り合わせておき、叩いて細かくなったごぼうを和えます。よく混ぜたら樽に詰めて重しをし、一晩置いて馴染ませます。こうして「たたきごぼう」ができあがります。ちなみに味噌は、玄米麹で作ったすり味噌だそうで、「かせや」という地元の味噌屋さんに米や大豆を持っていくと味噌に仕立ててくれます。できた樽を今年の当番が持ち帰り、自宅で一年熟成させるのだそうです。味噌造り部分は味噌屋がやるとしても、毎年その年の宿主が家で管理することで、自家製という解釈になるようです。
ごぼうを味噌と混ぜて樽に詰める
たたきごぼう以外にも、作るおかずがあります。「丸揚げごぼう」は、茹でたごぼうを食べやすい大きさに切り、砂糖、酒、醤油、唐辛子と一緒に油で炒めて煮詰めます。「下駄割大根(げたわりだいこん)」は、半切りにした大根を下茹でした後、鶏ガラスープ、醤油、酒でじっくりと煮込みます。できたてをちょっと味見させてもらいましたが、どちらも味が浸みて酒のつまみになりそうな、おいしいおかずでした。
これは絶対においしいやつです
大根もいい感じの飴色でホクホク
ごぼう講の準備を見学した後、時間があったので、ごぼう講に使われているという近所の味噌屋「かせや」にも行ってみました。そこで見つけたのが珍しいおかず味噌、「なとみそ」です。名前で勘違いしそうになりますが、納豆ではありません。菜豆味噌、と書くらしいです。米麹と大豆麹の入った熟成もろみ味噌に、ナスやキュウリ、シソの実が入っています。麹を2種類、しかも大豆麹を使うのはなかなか珍しいです。
なとみそ。米や酒が欲しくなる
元々この地域では各家庭で作られていたようです。砂糖もみりんも入っていませんが、ほんのり甘みがあります。麹の甘みと「甘とろ糀」という名前で甘酒を入れているそうです。シソの実の香りとプチプチした食感もいい感じです。チーズやオリーブオイルを合わせてもおいしいと店主にオススメされました。造られているのは冬限定だそうです。(明日に続く)
写真・文:江澤香織
ライター。食・旅・クラフト等を中心に活動。著書「山陰旅行 クラフト+食めぐり」「青森・函館めぐり」「酔い子の旅のしおり」等。酒蔵や酒場を中心に巡るツアーやイベントも主宰。発酵マニアで各地の発酵食品の現場を訪ねることはライフワークのひとつ。