世界でもっとも健康で長生きしている島
世界でもっとも健康で長生きできる人たちが、実は日本のある地域に暮らしているのです。それが、奄美大島、徳之島、喜界島といった鹿児島県の離島です。
2007年2月27日。鹿児島大学が奄美大島で『離島シンポジウム』を開催しました。同大学の客員教授を務めている私も参加したのですが、シンポジウムでは「鹿児島県の離島の長寿」に関する研究発表があり、奄美大島や徳之島の人たちの生活が、どれだけ長生きと密接に関係しているのかが、学術的に明らかにされたのです。
実際に鹿児島県の離島に行くと、歩いていてもすれ違うのはお年寄りばかりです。若者がどんどん島から出て行ってしまうのは、過疎化が進む日本の島嶼(とうしょ)地域の傾向ではありますが、奄美大島や徳之島のお年寄りたちを見ていて感じるのは、それはもうお元気だということです。
97歳のあるおばあちゃんは、自分で畑仕事もすれば、機織りもする。晩酌に黒糖焼酎を飲むのが毎日の楽しみだと話します。89歳のあるおじいちゃんは、今も現役の漁師です。毎日漁に出て、ばりばり魚を捕っています。こういう元気なお年寄りが、鹿児島県の離島にはいっぱいいるのです。奄美大島で70歳を過ぎて、現在も健康で生活しているお年寄りは、おそらく1万人以上はいるのではないでしょうか。こんな桃源郷のような地域は、世界中どこにもありません。
私は、琉球大学の客員教授も務めていますから、沖縄へもよく行きます。沖縄本島の北端にある辺戸岬から海を望むと、晴れた日には鹿児島の離島が肉眼で見えます。位置的にいえば、徳之島も奄美大島も喜界島も、九州より沖縄に近いのです。位置だけではありません。奄美群島は琉球王国の領土だったこともあるくらいですから、気候風土や生活文化も、九州より沖縄に近いと言っていいでしょう。
沖縄と奄美群島の違い
さて、ここで素朴な疑問が湧いてきます。沖縄の人たちの平均寿命の低下が進んでいるのに、同じような気候風土や生活文化を持った奄美大島や徳之島の人たちが、なぜ健康で長寿なのでしょうか? 理由は、やはり食生活にあるのです。
昭和20年、沖縄はアメリカに統治されていましたが、奄美大島も同様にアメリカの領土になりました。当初は、沖縄と同じように奄美大島にも米軍基地がつくられる予定だったのです。ところが、島の大半が山である奄美大島に、長い滑走路が必要な巨大な基地を建設するのは容易なことではありません。結局、基地建設は思ったようには進展せず、アメリカ軍にとって不要になった奄美大島は、昭和28年に日本に返還されたのです。
昭和47年まで統治が続いた沖縄とは異なり、奄美群島はアメリカの文化の影響をほとんど受けずに済みました。食文化も、昔ながらの伝統が歪められることなく守られたのです。
鹿児島大学が、現在の奄美大島の人たちの食生活を調べたところ、驚くべきことに、昭和36年の献立とほとんど変わりがありませんでした。昭和36年の献立というのは、たまたま資料が残っていたから比較できたというだけで、深い意味はありません。奄美群島で食生活の激変がなかったという事実を考えれば、もっと昔から食べていた伝統の郷土料理を、奄美大島の人たちは今も大切に食べているということになるわけです。
小泉武夫
※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。
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