ソースとは、本来は西洋料理に使われるさまざまな複合調味料をいい、煮込みなどの料理をつくるときの素材として用いるのが一般的。だから、西欧には、原料の選択や調合の仕方などによって、さまざまなソースがあり、その種類は優に二千種は超えるといわれている。
ソースの名は、ラテン語の「塩」を意味する「サルス」に由来するから、日本ではさしずめ味加減を言葉にした「塩梅(あんばい)」にあたるといったところだろうか。
だが、日本では、ふつうソースといえば、ウースターソースやトンカツソースをさし、フライ、コロッケ、トンカツ、ハムサラダなどの西洋料理に、手当たり次第、これをかけて食べる調味料的嗜好物の性格を持ったものとなっている。これは、日本の醤油が食卓には欠かせない必需品であって、その使い方の習慣がソースにまで及んだためだろう。
日本の食卓で、最も幅をきかせているソースはご存じ、ウースターソースである。
イギリスのウースターシャー州のウースターという町でつくられたタイプのソースで、タマネギ、人参、トマト、セロリなどの煮熟液にタイム、セージ、シナモン、コショウ、ニッケイなどの香辛料や酢、砂糖、塩、カラメルなどを加えて、六~十二か月ほど熟成させたものを正統とする。
この正統ウースターソースが、日本に伝わってきたのは、明治二十七年ごろといわれる。当時、わが国の食卓といえば、醤油以外の調味料は何も知らない時代であったから、このよそもののソースには「新味醤油」とか「洋式醤油」あるいは「洋醤」などという名が付けられて売られた。
しかし、当時は焼き魚やおひたしにまでこの「洋醤」とやらをかけたので、その大半は「薬くさい」とか、「舌がしびれてかなわぬ」などと敬遠し、広くは普及しなかった。
やがて肉を食べる機会も次第に多くなり、西洋料理が少しずつ街に出始めた大正期に入ると、いわゆるハイカラ族が好んで、これを用いるようになった。しかし、特有の匂いと味に一般大衆が慣れるのには、このソースの大幅な改良、すなわち正統のウースターソースから離れて、日本人の口に合ったジャパニーズソースへの転換が必要であった。
そうなると、日本人は、またもやここで知恵を発揮することになる。日本人の口に合い、日本人好みの風味に仕上げるには、何が必要かを、日本人のこれまでの嗜好性から精巧に分析し、従来のウースターソースを大幅に変えた新種をあみだしたのである。
野菜にはタマネギ、ニンニク、人参、トマト、生姜(しょうが)を使い、これに桂皮(けいひ)、丁子(ちょうじ)、コショウ、ウイキョウ、山椒(さんしょう)、タイム、唐辛子など二十種の和洋香辛料を使った。
また調味料には、アミノ酸液(大豆タンパク質を分解した醤油のようなもの)や昆布のダシ汁、乾魚の煮汁(にぼしや鯖節の煮汁)、赤糖、酢などを用いたのである。これなら、日本人の口に合いやすく、うまいのが当然だから、その後、このソースは醤油と並ぶ卓上調味料として、日本人に受け入れられたのである。
かようにこの民族は、外国生まれの伝統ソースまで、わが国に帰化させてしまうほどの貪欲さを持っているのである。最近では、西欧から入ってきたドレッシングでさえ、醤油風味や味噌風味のタイプがみられたり、「醤油味ステーキのタレ」「バーベキューソース・醤油味」「醤油味コンソメスープ」「テリヤキソース」「オコノミヤキ・ソース」、「ヤキソバ・ソース」、「タコヤキ・ソース」、「トンカツ・ソース」などが次から次へと、美味しいソースがマーケットに並ぶ時代となった。
外国のものを、いかにも日本人的に食べてしまおうというこのような発想は、ある意味では、伝統にはぐくまれた日本食文化の底力を誇示する一端なのかもしれない。
小泉武夫
※【小泉武夫・食百珍】は小泉武夫が古今東西の食について語るスペシャル美味探訪譚です(不定期更新)。