地面から陽炎が立ち上り、まとわりつくような熱気が漂うという、旧暦七十二候の「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」の時節(7月27日~8月1日)。酷暑、炎暑など暑さを表す言葉は様々あれど、この「溽暑(じょくしょ)」は、うだるような湿気の蒸し暑さを指し、漢字を見ただけでグッタリする。その上 またぞろ例の禍が再拡大しているのも鬱陶しいことだ。そんなうだる身体と憂鬱な気分をさっぱり涼やかにするものを、食するとしよう。
「ざくざく」って何のこと?
昔から大阪人はオノマトペ(擬音語・擬態語のこと)が好きだ。オノマトペが料理名になったもので有名なのが、大阪の食文化である鯨食を代表する一品・「はりはり鍋」。鍋の中で鯨と一緒にさっとだけ炊く水菜を噛む時の「はりはり」という擬音語が、そのまま料理の名前となったもの。
料理名以外でも、面白い大阪弁の例に挙げられるのが、「髪の毛、ブワァ~ってなってんで。」とか、「雷ドーンで、雨がザァーや!」などで、実際に多くの大阪人はそのように話すし、「わかるわかる!」と納得する。他の地方の人が聞いたら、雷と雨についてはまだしも、髪の毛ブワァ~とは、何のこと?であろう。髪の毛が乱れていることを指すのだが、幼児言葉ではなく、れっきとした大人も使う。(笑)
その大阪で、夏に食べられるのが「〇〇のざくざく」。何の料理かというと、「ざくざく」とは、胡瓜のこと。胡瓜を刻む時の「ざくざく」という音がそのまま料理名になっているのだ。胡瓜は夏のほてった身体を冷やしてくれるし、食感もざくざくと涼やかで、この時季嬉しい身近な野菜だ。
暑い時に食べるからこそ旨い
夏の「ざくざく」の中で一番大阪らしい家庭料理が、「鱧皮のざくざく」。この料理には鱧の身は使わず、皮を使う。
大阪では、蒲鉾の伝統として弾力より味を重視し、鱧をふんだんに使うことで、独特の上品な旨みが凝縮されている。蒲鉾のすり身として、鱧から身をこそぎ取った後には皮が残る。これに醤油やタレを塗ってさっと炙ったものが「鱧の皮」と呼ばれるもので、今でも老舗の蒲鉾屋では販売されている。
この香ばしい鱧の皮を細く切って、ざくざく胡瓜と酢で和えたものが、「鱧皮のざくざく」。身を取った後の皮も捨てずに使おうという、大阪の始末の精神から生まれた家庭料理で、夏の涼味おかずとしてよく作られ、かつては魚屋でも鱧の皮を売っていたという。おチビの頃、実家でも夏場にはよく登場し、そうめんのサイドディッシュとしてもお気に入りのおかずであった。
この「鱧の皮」、1914(大正3)年、上司小剣(かみつかさしょうけん)という地元大阪の作家が、ずばり『鱧の皮』という有名な小説を書いている。
胡瓜と食べたい酢の物パートナーたち
胡瓜の酢の物は、鱧の皮以外にも鰻、穴子、茹でた蛸や烏賊、貝類、もずくなどの海の幸が好相性で、いずれも夏バテの身体に嬉しい、滋養のある食材である。
大阪の実家では、必ずそれら魚介の一種類と胡瓜を酢で和えた料理を総称して、「胡瓜揉み」とも呼んでいた。大人になってから、料理屋で「胡瓜揉み」を注文し、胡瓜だけの酢の物が出てきた時は、ちょっと驚いたものだ。が、「胡瓜揉み」とは、胡瓜を塩で軽く揉んだものに酢や酢味噌を添えて食すものを指すようで、私の実家の呼び名が間違いだった。あの時 料理人にクレームを言わなくて良かった…。
ところで、不思議なことに、鱧の皮以外は「ざくざく」とは呼ばれていない。唯一、鰻と胡瓜の酢の物は「うざく」(※トップの写真)と呼ばれる。これは、「鰻のざくざく」と呼んでいたものが、後に略されたものだろう。では、「穴ざく」「蛸ざく」「烏賊ざく」「貝ざく」「もざく」などと呼ばないのは、何故だろう?
その理由は大阪人が、胡瓜の酢の物と最も相性が良い魚介が鱧と鰻と思っているからではないだろうか。
ざくざく、ざくざく、涼やかな胡瓜の酢の物を噛みしめながら、そんなことを想像している。
歳時記×食文化研究所
北野智子