「おむすび」の由来、知っていますか?
日本人の丸い玉への畏敬(いけい)の念は、食べ物にも向けられてきました。たとえば、おむすびです。ご飯を丸く固めた食べ物を、今は「おにぎり」や「にぎりめし」と呼ぶことが多くなりましたが、本来は「むすび」という霊験あらたかな食べ物でした。『広辞苑』で「むすび」という言葉を引くと、今もちゃんと「産霊」と載っています。
おむすびは霊妙な力を生むもので、それをいただくことによって人間も生きる力を授かる。ですから、おむすびは本当はまん丸でなければいけないのです。機械でつくった三角おにぎりには霊力など宿らない、と、太古の日本人なら眉をひそめたに違いありません。
大豆に宿る霊力
小さな丸い玉である大豆にも、霊が宿ると考えられていました。人知の及ばない超自然的なエネルギーを呪力(じゅりょく)といいますが、大豆の1粒1粒にも呪力があると信じられていたのです。それが神事祭事となって、今なお続いているのが節分の「豆まき」です。
大豆の呪力にすがって、「鬼は外」の掛け声(呪文)とともに大豆をまき、災いを起こす鬼を追い払う。「福は内」の掛け声とともに、福を家内に招き入れる。豆まきが済んだら、忘れずに大豆も食べます。節分の日に、自分の歳の数だけ大豆を食べれば、大豆に宿る霊力によって1年間病気にならないと信じられているからです。
余談になりますが、節分には焼いた鰯の頭を柊の枝に刺し、魔除けの呪い(まじない)として玄関先に据える風習もあります。以前、魚の話をしたときに、日本人は魚の粗まで大切にしてきたと述べましたが、鰯の頭を”お守り”として用いる発想は、食べ物の命を決して無駄にはしない日本人の心を象徴していると私には思えます。
ともあれ、大豆という小さな丸い玉が、日本人の食文化を支えるだけでなく、日本人の心までも支えてきたということは、おわかりいただけたのではないかと思います。蛇足ながら付け加えれば、その大豆の国内自給率は、わずか6%(平成22年・概算)。これは非常に悲しい現実ではあります。
小泉武夫
※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。
『民族と食の文化 食べるということ』
価格:6,000円(税抜き)
※現在、特別価格5,500円(税抜き・送料別)で発売中