日本人にとっての「発酵」
発酵学という私の研究分野は、一般の人にはあまり馴染みない学問かもしれません。しかし、微生物の働きによる発酵という作用は、人類の食文化とは切り離すことができない、素晴らしい自然の恵みなのです。
私たち日本人の食卓を考えてみましょう。味噌、醤油、酢、味醂、日本酒、納豆、漬け物、鰹節……。発酵のおかげで生まれた食品は、数え上げたらキリがありません。しかも、発酵することによって、人間の体に有益な効果を山ほどもたらしてくれるのですから、私は誰に遠慮することなく「発酵食品を食べよう!」と、普段から声を大にして行く先々で訴えているわけですが、あまりに熱心なためか、いつの間にか”発酵仮面”などと呼ばれるようになってしまいました。
その呼び名はありがたい称号だと感じていますが、淋しいのは「発酵」という作用が、多くの日本人に正しく認識されていないことです。たとえば、「納豆は腐った食べ物でしょ?」などと、発酵学者が気絶しそうになるようなことを平気で言う人がいます。とんでもない誤解ですが、現実に「発酵」と「腐敗」を混同してしまっている人は、非常に多いのです。
そもそも発酵とは?
そこで、少しだけ勉強しておきましょう。ここからは、正しい発酵の知識を得るための基礎知識です。
まず、あなたの目の前に牛乳があると思ってください。これをゴクリと飲んでしまえば、あなたの体に牛乳という栄養が取り込まれただけで終わってしまいます。
ところが、牛乳に乳酸菌という微生物を加えると、乳酸菌が牛乳に含まれる糖質を分解して、乳酸という物質をつくります。これが「発酵」という働きで、牛乳はドロドロの状態になります。鼻を近づければ、なんだか酸っぱい匂いがします。「あれっ、腐っちゃたのかな?」と思うかもしれませんが、どこかで見たことがあるような……。そう、ヨーグルトになったのです。
牛乳は、ヨーグルトに変身することによって、風味も栄養価も格段に優れた商品になります。しかも、乳酸菌という生きた細胞が活発に働いているおかげで、簡単には腐りません。保存性までアップするのです。
そのヨーグルトを食べてみましょう。体の中に取り込まれた乳酸菌は、腸にたどりつくと、そこを住み家にして、どんどん増殖を始めます。ご存知のように、乳酸菌には整腸作用や免疫増強作用など、人間の健康に関与するさまざまな効果が認められています。つまり、ヨーグルトという発酵食品を食べることによって、栄養とともに健康を維持してくれる微生物までもが、体の中に取り込まれるというわけです。
小泉武夫
※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。
『民族と食の文化 食べるということ』
価格:6,000円(税抜き)
※現在、特別価格5,500円(税抜き・送料別)で発売中