【小泉武夫・食百珍】つま

カテゴリー:食情報 投稿日:2017.02.22

日本料理は目で食べる?

 日本の食文化の中で発展した献立の形式に「本膳料理」「懐石料理」「会席料理」「精進料理」「普茶料理」などがある。これらの料理のそれぞれには、食に対する日本人の基本的な考え方や、理にかなった料理内容と形式などが実によく表されており、日本文化の奥に潜在する侘(わび)とか寂(さび)のような哲学観さえ抱いて構成されている。

 これらの日本料理において、その最も重要とする共通点のひとつは、視覚からの「味付け」である。盛る料理によって、食器の絵付けや模様、色彩、形、深さ、感触などを選びだすことは、そのおいしさを、一段と目から誘い出すこととなり、料理の価値をいっそう発揮させるのに不可欠なのである。

 もちろん、西欧料理や中華料理でも料理の一品一品に色彩のとり合わせを重要なポイントにしている。しかし、日本料理の場合は、配膳の仕方全体を例にするとよく理解できるのだが、多岐にわたる料理の一品ごとに、配色を考えながら、献立全体に通じるような、調和のとれた色彩を盛ることを常に心がけている点が特徴的である。

 その色彩の演出は食器のみならず、料理の材料にも慎重に工夫をこらす。豆腐、サトイモの白、枝豆、山葵、銀杏(ぎんなん)の緑、梅干、赤かぶ、紅紫蘇の赤、菊の花、カボチャの黄、煮豆、昆布の黒、ナスビやとさかのりの紫、煮海老の紅白など自然の色を巧みに操っている。

 うま味を引きだす演出では、常に脇役として存在する「つま」または「けん」も忘れてはならない。

 

つまで色彩の表現と配色の調和

 「つま」とは、料理全般へ、あしらいとして添える物のことで、古い料理書には「つま」という字に、「妻」「具」「連身」「交」「配色」などが当てられているところをみると、「取り合わせ」「あしらい物」の意味を持ちながら、「彩(いろど)り」をも含めているようだ。

 また、刺し身や膾(なます)などのつまを「けん」と呼ぶが、これは「間」とか「景」からきた語とも思われている。江戸時代の『料理献立抄』(一七六四~七二年)には、「権(けん)はなますのけん、俗に見(けん)なり」と解説しており、食べるというよりも、見るもの(彩り)に主眼がおかれている。

 その「つま」や「けん」には色とりどりの材料を用いる。さらしネギや、青紫蘇、菊の花や葉、うどの千切り(せんぎり)、三葉、茗荷、分葱(わけぎ)、葉生姜、大根やキュウリの千切り、生姜、にんにく、柚子など枚挙にいとまがない。

 これらは、いずれも色彩の表現と配色の調和をとるのに似合うものばかりであり、そのうえ香りを持つものや口当たりや歯ごたえが快いもの、薬効を持ったものなどがほとんどであるから、見て楽しんだ後、食べて味わえる。

 刺し身のけんである大根の千切りを例にしても、大根特有の匂いは、魚の生臭みをやわらげ、ジアスターゼを主体とした消化酵素を豊富に含んでいる。また、「シャリッ!」とした歯ざわりは、刺し身のなめらかな口当たりと対照的であるから、その触感の差は刺し身の持つきめのこまかさをいっそう引き立たせたうえ、大根の持つ水のような淡泊味は刺し身の肉の味を一段と高める。従ってそれらを交互に食べるところに、味の奥義があるのである。

 そして、赤身の刺し身の色をいっそう鮮やかに引き立たせながら、大根の純白さはあくまで控えめな脇役に徹するのである。

 このように、日本伝統の形式料理をその配膳の仕方から考えてみると、それは食べておいしく、見て美しいという生理的なもの(ハード)と、間や対比、粋といった哲学的なもの(ソフト)が、実にうまく調和していることがよくわかる。

小泉武夫

 

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編集部
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