【小泉武夫・食百珍】河豚

カテゴリー:食情報 投稿日:2016.02.14

なぜ猛毒を持つフグが食べられるのか?

フグ(河豚)を食べるのは日本人だけといっても間違いではないほど、この毒魚は日本人に人気がある。しかし、そう簡単には食べられないところにまた、歯がゆさがあって、いっそうその願望が強くなる。

美しいバラの花にトゲがある如く、フグにも二つのトゲがある。毒と値段。毒はテトロドトキシンという猛毒で、マフグ一匹の肝臓と卵巣に含まれる毒の量は、ゆうに三十人の命を奪ってまだ余りある。値段も、需要に漁獲が追いつかず、一般庶民の手が届かぬところまで高騰している。

これだけの猛毒を持った魚が、日本だけで食されるようになったのには、いくつかのわけがある。その第一は、フグの調理は試験に合格して免許証の交付を受けた資格者でなければ許されないことで、そのため、フグを売りものにしている店で安心して食べることができる点にある。日本人は昔から、魚の扱い方にかけては世界のどこの民族よりも抜きんでた手先の器用さを持っていて、卵巣や肝臓、腸などに猛毒があっても、調理人たちはそれを上手に取り出して無毒の魚に変えてしまう。

第二は包丁にある。日本人は魚を生のまま刺し身で食べる伝統が古くからあるから、そこにはさまざまな刺し身包丁があって、毒のある臓器に傷つけず、そっと切りとる包丁、そしてフグの刺し身を特徴づける薄造りの刺し身包丁もある。フグの肉は他の魚と違って、肉身が弾力性に富み、ふつうの平造りではゴムを嚙むような感じでとても食べられない。そこで薄造りとなるが、それに適した刺し身包丁は器用な手さばきとあいまって、切り身を薄紙のように仕立てることができる。

そして、第三が醤油と薬味の存在。醤油なくして刺し身が食べられぬ道理で、フグもまた醤油以外の調味料にはまず合わない。その醤油に橙 (だいだい)や酸橘(すだち)を搾りおとしてポン酢をつくり、そこに糸葱(あさつき)やもみじおろしといった、日本ならではの薬味を添えると、まさに殿様のフグに阿呍(あうん)の呼吸をもった御伴(おとも)の家臣といった感がある。

 

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フグ刺し(関西ではてっさと呼ぶ)

 

魚食民族の比類なき調理法

ところで、フグはなぜあのように美味なのであろうか。それは、フグの肉は他の魚よりうま味の前駆体となるタンパク質の含量が高いうえに、直接うま味や甘味の主体となる遊離アミノ酸が多いこと。さらに、核酸系のうま味成分も多い半面、脂質をほとんど含んでいないから、嚙んでいると上品なうま味が湧き出てくるのである。

そんなにうまいフグなら、毒は捨てても、ほかの部分はとことんまで食べぬ手はないと、日本人はさまざまな知恵を働かせて挑戦した。白子に毒がないと知れば、これを酢のもので珍重し、表皮は外側を削りとって食べてしまい、皮下組織にも利用できる部分があると知ると、その部分をそぎとり、これを熱湯で湯がくと、コラーゲン質がゼラチン質に変化して、こたえられぬ歯ごたえの珍味となるから、刺し身に脇添えさせる。骨やアラにゼラチンが豊富とわかると、その鍋汁で雑炊(ぞうすい)を楽しむ。

調理の最初に切り落とした鰭(ひれ)は、強い炭火で焦(こ)がし目にあぶり、これに熱燗の日本酒を注ぐと、特有のうま味がのって体もポカポカ温まる。

かくの如く、わが魚食民族は、他国の人が大いに恐れる毒魚をことごとくきれいに食べきってしまう。

小泉武夫

 

※【小泉武夫・食百珍】は小泉武夫が古今東西の食について語るスペシャル美味探訪譚です(不定期更新)。

 

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この記事を書いた人

編集部
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