「超能力微生物」
今、「発酵」がたいへん注目されています。
2013年に、日本の伝統的な和食がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、和食において醤油、味噌、納豆、漬物、日本酒、焼酎といった発酵食品や酒類はその土台となるものであります。温暖で湿潤な気候のもとで微生物をうまく食生活に取り入れてきた日本は「発酵食品」の先進国です。
大学の発酵化学研究室で教授をしていたころ、「超能力微生物」という微生物の持つ無限の潜在能力を探る研究グループを指導していました。私たちはここで、本当に超能力としか言いようのない不思議な微生物の数々を発見しました。
例えば秋田県の八幡平に生息するキジの糞のなかに、色素を瞬間的に分解してしまう微生物がいます。
また、中国には、動物性の脂を植物性の油に変えてしまう微生物がいました。軽く塩漬けにした豚の腿を吊るしておくと、カビがつき、ちったん、ちったんと油がしたたって、「火腿(ホイテイ)」という日本の鰹節のような保存食ができます。カビが飽和化酵素(デサツラーゼ)を生産し、飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸、つまり植物性にしているということなのです。
発酵は人類に優しく、地球にも優しい
さらに発酵は人類にとって重要な四つの課題の解決策となる大きな力を秘めています。
一つ目は医療。発酵菌が作る抗生物質は、これまでにいくつかの伝染病から人間を救ってきました。さらに、抗がん剤、抗HIV薬、抗ウイルス剤など、難病に対する薬のほとんどが発酵生産物です。
二つ目は食料問題。日本の食料自給率は、先進諸国の中でも大変低い数値で、食料危機は現実的な問題であります。発酵は、なんと人体に必要なブドウ糖とアミノ酸を生成することができる。地表には大量の物体が降ってきますが、その主なものは落ち葉です。例えばそれらを発酵させれば、大量のタンパク質を作り出すことも可能になるのです。
三つ目は環境。活性汚泥法やメタン発酵といった廃水の処理は、発酵微生物を活用しています。また農業の世界では、生ごみを発酵させて得た堆肥で野菜を作る農家も増えてきました。
四つ目はエネルギー。微生物の作るメタンガスや炭化水素(石油類似物質)、バイオマスなどの応用は、新しい持続可能なエネルギーの生産にも及ぼうとしています。
このように発酵は人類に優しく、地球にも優しい。21世紀に最も注目される分野なのです。
小泉武夫