青森の幻の調味料!「南部玉味噌&すまし」現場レポート

カテゴリー:発酵食品全般 投稿日:2017.12.07

かつて青森県の南部地方で作られていた「南部玉味噌」と「すまし」。現在このような味噌づくりをしている人はほとんどいないそうですが、旧南郷村(八戸)にある「山の楽校」が再現に取り組んでいます。現地を訪問し、作り方を体験してきました。

 

南部玉味噌とは、2月の寒い頃、大豆を蒸して潰し、大きなおだんごのようにまるめ、藁を編んで藁葺き屋根の家の軒下などに吊します。すると天然の麹菌がやってきて、大豆だんごに棲み付き、春には大豆麹になります。これを臼と杵で叩き割って細かくし、塩水と混ぜて熟成させ、味噌にします。

 

この藁葺き屋根の古民家に大豆だんごを吊るします。

軒下などに大豆だんごを吊るす

 

私が訪ねたのは6月。麹菌が十分繁殖した頃です。これができるのは寒い地域ならでは。暖かいと納豆になってしまうそうです。

吊るした大豆だんご

 

完全に水分が抜けてカチカチになった大豆麹を、臼と杵で叩き潰します。やってみると結構力がいります。慣れないと筋肉痛めます。地元のおばあちゃんたちは慣れた手付きで淡々と潰しています。

臼と杵で叩き潰す

 

中を割ったところ下の写真のような感じ。手前の緑の部分が麹菌です。時期が遅かったので、もしゃもしゃに生えています。舐めたらお茶っぽい甘苦さでした。一方奥のものはあんまり生えていません。玉によってばらつきがあります。

大豆麹を割ってみた

 

本当はこのくらいの白い感じが一番いい状態だそうです。

ちょうど良い麹の状態

 

次に塩水を作ります。水に塩がなかなか混ざらなくて、1時間くらいかき混ぜ続けました。

塩水を作る

 

細かくした大豆麹と塩水を混ぜて、慣らします。以後、ドロドロになるまで毎日かき混ぜます。1ヵ月くらいして混ざってきたら、カシの葉でフタをし、重石をして熟成させます。3年くらい経つとまろやかでおいしい味噌ができあがり。昭和30年頃までやっていたそうですが、その後工業製品が台頭してくるにつれて作らなくなっていったそうです。

大豆麹と塩水を混ぜて、慣らす

 

次に、幻の調味料「すまし」を作ります。昔は醤油が貴重だったため、代用品として味噌を湯で溶かし、袋吊りして滴る液体を集めて調味料にしていました。それが「すまし」と呼ばれていたそうです。

醤油の代用として味噌が使われた

 

お湯を沸かして味噌を入れます。昔はさっきの豆味噌だけで作ったそうですが、今は米味噌と黒豆味噌を1:3のの割合で混ぜています。ここのオリジナルですが、そのほうがおいしいそうです。「すましを子供の頃食べていましたか?」と聞いてみると、「うん、おいしくなかった」(ときっぱり!)

※昔は材料や環境が違ったので、今作るものとは違うのだと思います。

お湯を沸かして味噌を入れる

 

よく混ぜて、綿素材の細長い袋に入れ、吊るします。日本酒の袋吊りのようにして、ポタポタと雫を落とします。下にたまった液体がすましです。

袋吊りして滴る液体が「すまし」

 

すましを使った料理を出していただきました。炊き込みご飯とおそばの出汁に使っています。この「すましそば」は昔から食べられていたそうです。味は醤油と味噌のいいとこ取りをした感じで、塩味がまあるく、とても優しい味でした。

「すましそば」

 

こちらはポタポタ搾った後の袋に残った味噌粕です。いわゆる一般的な味噌より穏やかな塩味でおいしいです。酒のつまみになります。

袋に残った「味噌粕」

 

ここでは大豆も自分たちで育てています。焼き畑で、大豆→もち粟→大豆→もち粟→蕎麦、と毎年交互に栽培し、6年サイクルで赤松の枝を敷き詰めて焼き、土を掘り起こして畝を作る「荒墾起こし」を行っています。

「すましそば」は、予約をすれば食べることができるそうです(3名様以上で3日前までに予約)。

取材/文:江澤香織

 

【八戸市青葉湖展望交流施設 山の楽校】

八戸市南郷大字島守字北ノ畑6-2

0178-82-2222

 

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この記事を書いた人

編集部
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