【小泉武夫・食百珍】和食はこんなに素晴らしい(1)

カテゴリー:食情報
投稿日:2016.11.23

11月24日は「和食の日」。日本人の伝統的な食文化について見直し、和食文化の保護・継承の大切さについて考える日です。そこで小泉センセイ(東京農大名誉教授・当メディア総合監修)の特別寄稿「和食はこんなに素晴らしい」を11月23、24、25日と3日連続でお届け致します。

 

水の良さが和食の文化を築いた

平成25年12月、日本人が長く継承してきた民族の食である「和食」が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)により「和食・日本人の伝統的な食文化」として無形文化遺産に登録された。このことは、国の「日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会」委員として参画してきた筆者にとって、安堵したところである。以下では、主に私が委員として主張した和食のすばらしい事柄について述べ、世界に誇る天下無敵の食文化をあらためて認識することにする。 

わが国は昔から山紫水明の地といわれ、世界有数の水の良い国である。水を沸かしもせずに、そのままの生水(なまみず)が飲める国など世界広しといえども、そう多くはない。

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名水百選に選ばれている

尚仁沢湧水(栃木県)

 

日本の地下水がなぜ良質であるのか。それは、わが国は世界の年間平均降水量の1.8倍もあり、その豊富な雨水や雪どけ水は杉、松、櫟(くぬぎ)などの林の下に広がる豊かな土地に滲(し)み込んで、常時安定して湧水していることにある。そして、山の土と地下の岩石の状況は、うまい水をつくりだすのにちょうど良い舞台ともなっているためである。

水が良いから、日本の食の文化にはそれを生かした巧みさが全面に出ている。主食の米を炊くこと自体が水であり、副食の味噌汁も、そしてお茶も水。

いくらササニシキといっても、極上の味噌を使っても、とびっきりの玉露(ぎょくろ)にしても、水がダメならすべてがまずくなってしまう。このように、水は口に入るものの基礎であるから、水が良ければうまくなるのは当然なのである。蕎麦も豆腐もまた然りなのだ。

 

日本酒が美味しい理由

その最も良い例が日本料理と日本酒。特に、日本酒の場合、酒造りに適する水には鉄が0.05PPM以上含まれていただけで、もう使いものにはならない。何と1億分の5という極超微量の鉄の存在も許さないこの厳しさ。この存在量をわかりやすく説明すると、東京~大阪間の新幹線のレールの上にウズラの卵が1個のっているといった微量さである。

もし鉄がこれ以上あると、麴(こうじ)から由来した着色前駆体と反応して、たちまち赤褐色の色素をつくり、市場性を失わせてしまう。このような水は、世界中探してもそうあるものではなく、日本酒は水の良い日本だけにはぐくまれてきた民族の酒なのである。

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水を軟らかくするために汲みためた水を「枯(から)し水」、酒を薄める時使う水は「割(わ)り水」、仕込みの水を「種(たね)水(みず)」などと称する用語は、まさしく良い水を知りつくしてきた日本独特の表現の仕方である。

水の言葉といえば、辞書を引いて頭に水の字が付くものを拾ってみただけでも、「水かけ論」「水いらず」「水を差す」「水くさい」「水ごころ」「水商売」「水を向ける」「水明かり」など枚挙にいとまがない。このことからも日本人がその長い歴史の中でいかに水と密着して生きてきたかがよくわかる。

 

日本料理と鍋と釜の関係

また、食卓の上を見まわしてみると、味噌汁は言うまでもなく、煮物やおひたしに至るまで、ほとんどのものが水と深く関係していることがよくわかる。

日本の台所には、鍋や釜のように底が深い調理道具があり、それに蓋(ふた)をして煮炊きをしてきたのであるが、これは、水を逃がさない料理法を発達させてきたためである。中国やヨーロッパの料理が、率先してフライパンで水を飛ばすのとは正反対のやり方と言えよう。

主食となる米も例外ではない。研(と)ぐだけでもかなりの水が必要なうえに、さらに水を入れたまま釜に蓋をして炊きあげる。炊きあがったご飯には大量の水分が含まれていることはあのふっくらする飯の食感でもわかるであろう。まさに、日本食というのは水を食べているようなものなのである。

海流が交差する島国という位置、降雨量の多さ、中央に走る山脈、そしてすばらしい水、こういった気候風土が、日本食というものをつくりあげてきたのであり、気候風土と食の文化というものは互いが密接な関係を持っているのである。

もっとも、この関係は、日本国に限った話ではない。地球上には、雨がほとんど降らない地域に住む民族もあれば、一年の半分近くを零下何十度という気温のもとに住む民族もある。気候風土が変われば食生活が違うのは当然のことで、それぞれの民族には、必ずその気候風土に合った食の文化があるのだ。

その中で、日本のように地理的な条件に恵まれ、素晴らしい水にも恵まれ、そしてすばらしい食文化を創造した民族はほかにないといえるだろう。旬を愛で、気候風土の影響によって季節ごとに新鮮な素材を口にすることのできる日本人は誠に幸せであった。

 

名水の条件は甘い水

江戸時代の儒者、貝原益軒は『養生(ようじょう)訓(くん)』の中で、「水は人の天性を左右するものであるから自分の飲む水はよく選べ。それには甘い水を選ぶことである」と訓じている。飲む水によって、その人の性質まで変わるぞと、実に鋭い訓文を残している。その益軒ほどの人が「水は甘いものを選べ」というのであるから、これには深い意味を持つ。それは良い水には、口当たりが丸く、そして、甘く感じるものが多いからである。山の湧き水に似ているが、土臭さがなく、かといって、雨水のようにフニャフニャというものでもない水、それが名水の神秘なのである。そして世界の数多い民族の中で、水の感覚を「甘い」とか「丸い」とか、賞味する民族は、おそらくわが日本人だけではなかろうか。

稲は水田で水にはぐくまれて米となり、それが良い水で炊かれて飯(めし)になる。日本料理が生まれ、茶道ができ、日本酒、味噌、醤油がつくられ、鮎が清流に泳ぎ、沢には山葵(わさび)が育つ。これが水の国日本なのである。

小泉武夫

(続く)

 

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この記事を書いた人

編集部
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