菊の香ただよう風流酒
9月8日から22日は二十四節気の「白露」で、大気が冷えてきて、野の草花の葉先に透明の露が結び、白く光って見える頃。
この時季に迎える9月9日は「重陽の節句」。中国から伝わった風習で、陽の字とされる奇数の中で最大の「9」が二つ重なることから、「陽が重なる」=「重陽」。これは日本の五節句の一つで、別名を「菊の節句」という。
日本でも奈良から平安時代の頃、宮中などでこの日、邪気を祓い長寿を願って、不老長寿の妙薬とされる菊の花びらを杯に浮かべてお酒を飲み、菊の料理を食べたりしたそうな。さらに平安貴族は、重陽の節会に歌を詠み合わせる「菊合わせ」と呼ばれる日本独自の行事を生み出した。
現代では知る人ぞ知る節句となってしまったが、大変に風流な行事である。
日本酒好きの私、この菊酒の風習だけは毎年 粛々と行っている。
ぐい吞み蒐集癖の私、こういう時にこそ、お気に入りのぐい吞みをあれこれと出してきて、眺めつつ飲むのが嬉しいのである。
やはり菊酒には、朱赤の漆器に黄菊の花びらを浮かべるとよく映えると思う。
フードディレクターの仕事の関係で、重陽の節句の食文化を伝える広告の写真では、この組み合わせでよく撮影をしたものだ。
風情ある菊酒を飲むなら、日本酒にもこだわりたい。ここは一つ、天下の名酒として、豊臣秀吉が醍醐三法院で催した盛大な花見の宴で飲まれたと『太閤記』にも記されている「加賀の菊酒」が気分を上げてくれるだろう。
菊の香りをまとう美しい風習
ほかにも「被せ綿(きせわた)」というこれまた風流な風習がある。
これは重陽の節句の前夜、菊の花に綿を被せておき、翌朝 夜露に濡れ、菊の香りが移った綿で肌をぬぐうと、邪気を祓って長寿を保つことができるというもの。
この風習を知った後、ある時代小説の中に、吉原の太夫が、惚れた主(ぬし)さんとの初めての契りの際、彼の身体を菊の被せ綿で拭うシーンが描かれており、妓楼の部屋という艶っぽさも手伝って、つくづく先人たちの風流な風習に深く感動したものだ。
それぞれが約15日間の二十四節気をさらに三等分した七十二候(=二十四節気「白露」の初候である)では この時期、「草露白(くさのつゆしろし)」と呼び、草に降りた美しい露が白く光って見える頃。空気中の水蒸気が冷やされて、早朝に水滴となる露は、月が美しい時季であることから、「月の雫」とも呼ばれたとか。
深まる秋には菊を愛でて味わう膳を
9月9日重陽の節句の頃は旧暦であっても(約1カ月後)、野に咲く菊のシーズンにはまだ早いが、この節句をきっかけに、深まっていく秋の膳には、菊の花を使った美味をのせてみてはいかがだろう。市販の食用菊はさっと湯に通すと、色合いと香りに加えて、歯ごたえも美味。菊膾やお浸し、お吸い物、菊ごはんなどに、菊酒を添えて。風情のある秋の菊膳はおもてなしにも喜ばれる。
さて、これから深まっていく秋、お気に入りのぐい吞みを提げて、菊が美しく映える「菊晴れ」の青空の下、大いに菊酒を楽しみたいものである。
歳時記×食文化研究所
北野智子