カマンベールやブルーチーズのように、カビを利用した発酵食品はヨーロッパにもあるが、穀物や豆類にカビを培養したコウジを原料とする酒や調味料、発酵食品は東南アジアと東アジアに限られている。
ひと口にコウジといっても、日本の味噌や醤油の醸造に使用される糀は、原料を挽(ひ)くことなく原形のまま加熱処理してカビをつけた「散麹(ばらこうじ)」と呼ばれるものがほとんどだ。一方、中国、朝鮮半島、東南アジア一帯では生原料を粉に挽き、これに水や草の汁を加え、練り固めたものにカビをつけた「餅コウジ」が主流を占めている。
黄糀菌と黒糀菌は日本の宝
日本の糀菌は2種類あって、一つは黄糀菌、もう一つは黒糀菌。黄糀菌は日本酒、味噌、醤油、味醂、甘酒、米酢などに使われている。黒糀菌は沖縄の泡盛、鹿児島の焼酎などに使われている。糀菌を使って醸造しているのは日本だけで、外国にはない。日本以外の糀文化を持つ国はすべてクモノスカビで、日本だけがコウジカビを使って発酵させている。
だから2006年に日本醸造学会は「糀菌をわが国のに認定する」ということで「国菌(こっきん)」に認定した。世界の国々の中で微生物を「国菌」に認定したのは日本だけなのである。
糀という字は江戸時代に作られた
歴史をさかのぼって糀の始まりを見ると、日本の最も古い文書の一つである『播磨国風土記』に、「ある神社の大神の御粮(みかれい)が沾(ぬ)れて䊈(かび)が生じたので、酒を醸さしむ」とある。さらに『記紀』には、米にカビが立って糸状菌が繁殖した状態を「加比太地(かびたち)」とある。これは「カビ立ち」の意味で糀の語源となり、「加比太地」が変化して、「加無太地(かむたち)」→「加牟太知」→「加牟知(かむち)」→「カウチ」→「カウヂ」→「コウジ」となったといわれている。とにかく、日本の酒造りに糀を利用したのは文字のなかった時代を除けば、奈良時代前期であろうといわれている。
その「コウジ」には、麹と糀という2つの漢字がある。一般的には麹という字が使われているが、麹という漢字は奈良時代の初期に中国(唐)から入ってきたものだ。しかし中国では、その前の周の時代には「蘖(げつ)」、明の時代には「麹(キョツ)」、清代には「麯(チュイ)」、そして1960年代の文化大革命でできた簡体字の「曲(チュイ)」が使われ、今われわれが使っている麹は、もう1600年代の中国で消えてしまった。
一方、糀は国字で、日本人が江戸時代につくった漢字だ。どうして中国の麹が麦ヘンになっているかというと、中国は麦で麹をつくるが、われわれ日本人はコウジを米でつくるから糀という国字をつくった。米に花が咲いたようになるから糀。まさに表意文字の面目躍如ではないか。
先般、和食が国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたのも、この日本独自の食文化を支えてきた発酵食品は糀菌なしでは成し遂げられなかったといっても過言ではないだろう。
今や糀の時代が来た。味噌であり、醤油であり、日本酒であり、焼酎であり、漬物であり、日本の和食が「世界遺産」に認定されたことを契機に、日本の糀がいよいよ世界に羽ばたいていく時代に入ったのだ。
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