江戸時代の食育【小泉武夫・食べるということ(6)】

カテゴリー:食情報
投稿日:2017.05.29

 三つの感謝

 江戸時代の食育についてお伝えします。

 食育のあり方を「食育基本法」という法律で決めなければならなくなったこと自体、おかしな世の中になったものだなと私は感じます。なぜなら、江戸時代にはそれぞれの家の中で、親から子へと食の教育が実践されていたからです。

 例えば、こんな話が残されています。食事の時、箸を取ろうとする息子に向かって、父親が言います。

「お前のお膳にある食べ物は、誰から与えられたものだ?食べ物を与えてくれた人に感謝しないなら、箸を持ってはならん」

 言われた子どもは、食べ物を与えてくれた親への感謝を学びます。

「お前が今食べているものは何だ?すべて生きていたものだ。その生き物に感謝しないなら、箸を持ってはならん」

 子どもは、命をくれた食べ物への感謝を学びます。

「お前が今食べているものをとってきた人は誰だ?その人たちに感謝しないなら、箸を持ってはならん」

 子供は、米や野菜をつくる農家の人たちや、魚を捕ってくる漁師たちへの感謝を学びます。

 

 心で食べる

 そして、父親はこう諭(さと)します。

「ことほど左様に食べ物は、大切な命の犠牲や、みんなの尊い働きによって目の前に出てきたものなのだ。だから、人様が食べているものを羨ましがったりしてはならない。自分に与えられたものが一番だと思え。その食べ物を一粒でも、一滴でも残すようなら、はじめから決して箸を持ってはならない」

 こうしたコミュニケーションによって食べ物への畏敬の念−−わかりやすく言い換えれば、食べ物は口や胃袋で食べるのではなく、「心で食べる」ものであるということを、江戸時代の日本人は子どもに教えていたのです。

 ただの精神論じゃないか、という人もいるかもしれません。しかし、栄養バランスだの、カロリー計算だの、ナイフ・フォークの使い方だのを教える食育だけで、「心で食べる」ことの大切さが果たして身につくものでしょうか。食べ物を粗末にしない習慣は、知識ではなく”心”で育まれるものだと私は感じるのです。

小泉武夫

 

※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。

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この記事を書いた人

編集部
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