【小泉武夫・食百珍】隠し味

カテゴリー:食情報
投稿日:2017.01.22

笑えない味付けの秘訣

一昔前、ある若い日本の料理人が中国に修業に出かけた。中華料理の味付けのコツを見抜いてこようという腹づもりだった。とある料理屋に住み込んだが、そこの主人の料理は大変に美味で、その秘けつは料理のできあがる直前に、目にも留まらぬ早業で特別の味付けをほどこすことにあった。しかし、その最後の肝心なところまでくると、主人はどうしても秘けつを教えてくれない。

それから何日か過ぎたが、まだ味付けの秘けつを見いだすことはできなかった。ところがある日、主人がいつも最後の味付けの時に決まって手を伸ばす台所わきの戸棚を偶然にものぞいて、彼はわが目を疑った。何とそこには、いつも日本で見なれていた日本製の化学調味料の四角い缶が置いてあったのである。笑うに笑えぬ本当の話。これこそ正真正銘のかくし味か。

笑い話はさておいて、「かくし味」は日本料理に古くから伝わる調理用語のひとつで、高級な賓客料理から、家庭の惣菜に至るまで、料理における重大な味付けのポイントに秘伝または秘けつとして行われる秘密じみた手法である。

どこそこの天丼がおいしいとか、あそこの蒲焼きがうまいとか、ここの蕎麦(そば)は抜群だとかいって、昼食時ともなれば、行列までできる繁盛店も、その味の重要な秘けつのひとつには、その店固有のかくし味を持っていることが圧倒的に多いのである。

 

水と日本酒、六対二

例えば、ある小さなカレー専門店のカレーが、若い女性たちに絶大なる人気を博している。そこでその店を訪ねてその秘けつをやっとの思いで聞きだしたところ、「うちのカレーがうまいのは、かくし味のひとつに少量の福神漬けの汁を加えているためかな」と、さっといってのけたのである。

このように日本人は昔から、料理の妙味のひとつとして「かくし味」「骨(こつ)」「秘けつ」といった粋な方法を持っている。自分だけの、この家だけの、そして、この店だけの秘密の味付けや調理法を重要なノウハウとして大切にしているのである。

もし、これがなかったら、どこの店のカツ丼を食べても、そう味に大きな違いはないだろうし、どこの家のイモの煮っころがしを食べようと、同じような個性を持った味になってしまうだろう。

そして、かくし味に使われるのは日本古来の調味料が多く、その使い方も、副調味料のまたその副といった、ほんの少量を加えて風味をぐっと個性的に調える術なのである。日本酒、醤油、味噌、味醂、塩、米酢、たまり、鰹節、昆布、七味唐辛子、椎茸、葱(ねぎ)、生姜(しょうが)、山椒、梅酢や梅肉、柚子、橙(だいだい)など、その種類は誠に多彩である。

鯛の頭のスッポン煮の例を紹介する。

鍋に六倍量の水と二倍量の日本酒を加え、これに昆布の一切れを入れ、そこにアラ(頭)を入れ、火にかけて煮あがる直前に昆布を引き上げ、少々の醤油で塩加減し、生姜のしぼり汁を加えて、すぐに火を止めてできあがる。

この料理法の中には、六対二という水と日本酒の割合、塩でなく醤油で塩加減する方法、また、昆布は煮上がる直前に引き上げる秘けつ、そして最後に、必ずおろし生姜をしぼり込む(生臭みを消す)知恵などいくつものノウハウやコツが織り込められているのである。

小泉武夫

 

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この記事を書いた人

編集部
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