【小泉武夫・食百珍】出汁(だし)と汁(つゆ)

カテゴリー:食情報, 発酵仮面
投稿日:2017.01.06

蕎麦つゆの定式とは

ダシ汁や、それを使った調味汁に物をつけたり、くぐらせたり、浸したりして食べる食法はわが日本に多くの例がみられる。

まず蕎麦(そば)。箸ではさみ上げたら、その三分の一か、半分程度を汁につけ、一気に口ですすり込む。すると、蕎麦特有のかすかな甘味と素朴な匂いの中に、つけ汁のダシや醬油のうま味、鰹節や薬味の香りなどが口中に充満して、自然に箸は再び蕎麦に行く。蕎麦本来の風味は「モリ」にあるのは当然としても、いくらその蕎麦が絶品であろうとも、つけ汁がダメなら意味がない。だから、名代の蕎麦屋は、いつも蕎麦粉とともに、つけ汁の加減には最も神経をつかう。

蕎麦つゆの定式は、味醂と醬油に砂糖を加え、煮立てたものを「本返し」(カラ汁ともいう)と名付け、蕎麦屋は常にこれを常備し、随時、鰹節の煮出し汁と調合する。上等のつゆは、一番ダシだけで行い、二番ダシは種もの(てんぷらや油揚げなど)を煮るのに使う。

薬味はおろし大根、刻みネギ、山葵(わさび)、七味唐辛子などと決まっている。

汁につけて食べる麵といえば、蕎麦と並ぶのが素麵(そうめん)と冷麦(ひやむぎ)。素麵のつけ汁は、蕎麦と同じではいけなく、それより淡泊の方がよい。

鰹節のダシ汁に酒少々と塩で調味し、砂糖は使わず、醬油は色付け程度の吸い加減にしたのが用いられる。薬味には茗荷(みょうが)やネギのみじん切り、おろし生姜、ねり山葵などを添える。冷麦には、今度は蕎麦つゆよりやや鹹(から)めとし、ネギや溶かし辛子をそえる。

このように、同じ日本の麵でも、種類によって、つけ汁の味の濃淡や薬味の種類がガラリと変わるこまやかさには感心させられる。よりおいしく麵を食べようとする長い間の知恵と工夫がすばらしいつけ汁を生んだのであろう。

 

和食とつけ汁の絶妙

麵類だけではない。てんぷらも「天つゆ」をくぐらせてから食べる。ふつう、天つゆと呼ばれる割り醬油は、その大体の標準が決まっている。酒と味醂を等量合わせ、合わせたのと同量の醬油を加え、さらにその合わせたのと同量のダシ汁を合わせる。すなわち酒一、味醂一、醬油二、ダシ汁四の割合で、あるいはここに適宜に砂糖を加え、さっと煮冷まして用いる。これにたっぷりのおろし大根と、おろし生姜を添えるのを定式とする。

湯豆腐には、醬油七、酒三の割合で合わせて壺に入れ、つけ汁とする。薬味には花鰹、刻みネギ、あるいは好みで七味唐辛子を一緒の器に混ぜて入れておくと、風味が融合して大変よい。冷奴のつけ汁は生醬油に少量の酒を割り、これに花鰹を添え、薬味におろし生姜、ネギ、青紫蘇などを付ける。

日本には、ほかにもさまざまな料理に、このようなつけ汁を用いて楽しむ食法がある。しかし、これらの食し方の裏には、それぞれに、理にかなった知恵があることを知るべきである。

蕎麦の持つ味とかすかな匂い、そして歯に当たる感触をそのまま生かすには、煮込むことよりも、つけ汁につけて、持ち味を存分に味わう方が良いのはいうまでもない。また素麵や冷麦とて、あの特有の口当たりと喉(のど)越しの快感さを味わうには、つけ汁法が最も良いのである。てんぷらに至っては、そのまま食べたのでは口中、油だらけになるうえに、しつこすぎる。それを美味に、あっさりした感覚で食べるには、天つゆが大きな役割を果たしてくれる。このように、つけ汁やつゆものを見ただけでも、日本人の食法の上手さをかいまみることができるのである。

小泉武夫

 

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