【小泉武夫・食百珍】「音(おと)」を食べる

カテゴリー:食情報
投稿日:2016.07.19

食べたり飲んだりする時、口で音をたてるのは行儀が悪い、とさんざん教え込まれたものである。

しかし、他の国と違い、日本には音がなくては、味が半減してしまう食べものが実に多い。世界中のほとんどの料理は、口(味)と目(色)と鼻(匂い)とでその風味を味わうが、日本の料理にはいまひとつ、耳(音)で味わう味覚がある。

 

まず麵類。その種類の多さをみても、まさに音を味わう味覚の豊富さがわかる。音なしで、しずしずと食べる麵など、決してうまくはないから、みんなが音を立てて蕎麦、うどん、冷麦、素麵を味わう。

 

胡麻塩、焼きのり、塩昆布、味噌漬け、佃煮、塩鮭、鯛、タラコ、鰻、搔餅(かきもち)、霰(あられ)とくれば茶漬けに決まっている。この簡単明瞭、かつ経済的な庶民の味を、きどって音なしで食べてもそううまくはない。サラサラと音とともに流し込んでこそ、お茶漬けの醍醐味が味わえるというものである。

 

音を食べる代表的なものに漬け物がある。沢庵(たくあん)、ラッキョ、キュウリ、瓜(うり)、広島菜、野沢菜などから発する「カリカリ」「シャリシャリ」「パリパリ」という音は、漬け物の種類によって、さまざまな変化があるから、大いに楽しめる。干大根(ほしだいこん)を刻んで三杯酢と醬油に漬けた「はりはり漬け」は、かむ時の音感から生じた名称でさえある。

 

水の中からも音の出るものを探し求めて、魚の卵に到達した。鰊(にしん)の卵、数の子が口中に跳ねる快い音は、煮付けたり、和えたりして実によい。味付けしたものをすしで握ると、刺し身や生ウニなど、口当たりのなめらかなほかの大半のすしだねにない音と味が楽しめる。また、卵を腹にびっしりと抱えたハタハタは、焼いても鍋にしても、冬の東北の風物詩だが、口の中ではじける「プツン、プツン」という音は、この魚をいっそう美味なものにしてくれる。

 

煎餅や霰、搔餅も快い音を出す。関東の塩煎餅、醬油煎餅の「カリッ!」とか、「パリッ」といった乾いた音、南部煎餅や京都八ツ橋、卵煎餅、味噌煎餅、瓦(かわら)煎餅のような「サクッ!」といった軽い音。ここにも耳で感じる味がある。

 

食べものだけでなく、日本の料理には、下ごしらえの時にまで食欲をそそらせる音がある。まな板の上で生の大根を「サクッ!」と切る音、人参や牛蒡をささがきする音、鰹節を「シャッ! シャッ!」と削る音、餅つきの杵の音、大豆を焙烙(ほうろく)で炒る音、味噌や胡麻を擂鉢(すりばち)で「ゴリゴリ」とする音、トックリに酒を入れる時の「トクトク」という音。

 

このように、日本人は音の味覚をも味わうほど味に対して繊細な感覚を持っている。だが、その音の賞味も、最近ではだんだん日本人から遠ざかって行くような気がしてならない。

往時に比べれば煎餅の需要は低下の一途をたどり、若者から漬け物が遠ざかり、魚卵は二百カイリ問題や乱獲がたたって求めにくくなり、鰹節を削る日本人もほとんどいなくなってしまった。何となくさびしい気がしてならず、行儀の善しあしは別として、他人に迷惑のかからぬ程度に、たまには思う存分、音の味覚を味わうべきかもしれない。

小泉武夫

 

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この記事を書いた人

編集部
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