【小泉武夫・食百珍】桃の節句はなぜ白酒か

カテゴリー:食情報
投稿日:2016.03.02

一度しかない人生なので、昔はその折り目折り目には厳格であり、格調の高い儀式があった。この場合でも酒は欠かせないものとして登場してきて、例えば誕生祝いの酒は、今日では影が薄らいだが昔は盛んであった。子供が誕生した家では、まず神棚や仏壇に酒を供えて安産を感謝し、向う三軒両隣と区長、近い親戚たちが誕生日から一ヵ月くらいの間の吉日に集まって、生まれた子の将来に幸多かれと祈りながら飲んだ。そして例えば、中山寺から安産のための晒(さらし)を受けてきたならば、新しい晒と酒を添えて寺に礼詣した。

だがむしろ、誕生の祝いよりも初節句のほうが、酒祝いとしては盛大であった。乳幼児の死亡率が高かったから、よけいにそうだったのであろう。

 

雛祭りは三月三日を上巳(じょうし)の節句として、婦女子供の大切な行事であったが、とりわけ初節句ともなると、客を招待して賑やかに酒宴を張ったものである。

雛壇の前で女児から大人に至るまで、一同揃って白酒(しろざけ)に舌鼓を打ち、和気藹々(あいあい)のうちに夜を過した。初節句や雛祭りは、女児の情操教育上意義深いことではもちろんであるが、同時に女児の披露紹介の意味も込めてのセレモニーである。さらに一家団欒、親戚結束、友人親睦の意味合いも、初節句にかこつけて、酒を通してしっかりと図られているのである。

 

ところで雛祭りは、すでに奈良時代に、上層階級の子女が優美な雛飾りを競い合い、貴族や武士家庭を招待したことに始まるが、当時すでに白酒が用いられていた。その理由は明らかではないが、大昔からあった濁酒(にごりざけ)がアルコール分と酸味を多くした辛口の酒で、酔うのを目的にしているのに対して、白酒は甘味を多く残してアルコール分を抑えた、いわば女性のための酒なのである。

では、その酒の色が白であるのは何故なのだろうか。昔からこの辺も定かではないのだが、これはおそらく、雛祭りにつきものの桃の花の色と深く関係づけられていたのではあるまいか。雛祭りは一名を「桃の節句」ともいい、今日でも雛壇の前にまず活けられるのは桃の花である。この清楚な艶々しい枝の感触はまこと少女の玉の肌を思わせ、ふっくらとして柔軟な色感を見せる花は、少女の純な恥じらいを表徴しているかのようである。だからこそ桃の花は、三月の節句に相応しいものであるとされたのであろう。実はそればかりでなく、昔から桃は邪気を払う長寿延命の霊木とされていて、「もも」が「百(も)歳(も)」を表わす縁起の良さからも、節句の花とされてきたのである。

 

そういう意味をふまえながら、白酒の上に桃の花びらを浮かばせ、花と一緒に白酒を飲んで長寿延命、万病の薬にしようとしたに違いない。そんなとき、澄んだ酒よりも、純白無垢の酒に妖しいほどに美しい色彩を持った桃の花を浮かべたほうが、遥かに女性的優美さを演出でき、結局は視覚からも心身ともに清浄であるという心を宿させることができたのである。そのようなことから、雛祭りには白い色の酒が必要であったと私は考えるのだが、いかがなものであろうか。

小泉武夫

 

※【小泉武夫・食百珍】は小泉武夫が古今東西の食について語るスペシャル美味探訪譚です(不定期更新)。

 

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この記事を書いた人

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