【小泉武夫・食百珍】粋(いき)な料理言葉

カテゴリー:食情報 投稿日:2018.09.09

繊細な日本料理の技を伝えるために

 日本人の味覚に対する表現や、料理に使う粋な言葉には、うっとりと感じ入るほどの妙味を持ったものが多い。

 料理の基本となる水を例にしても、「甘い水」といった表現があったり、調理言葉にも例えば、料理に使う水を「種(たね)水(みず)」といったり、水で薄めるのを「水で割る」、水を除くのを「水を切る」などという。これに熱が加わって、湯になっても「白湯(さゆ)」とか「湯がく」「湯引く」などの語ができている。

 「両手の掌(たなごころ)をちょいと濡らして、粗(あら)塩(じお)をつけ、軽く塩を振る」などという表現の粋(いき)さには、今、目の前で料理が行われている感覚にさえ誘われる思いである。その塩には「波の花」といったきれいな異名を持たせたり、「化粧塩」とか「塩塩梅(しおあんばい)」のような、洒落た語をつけて粋な料理法とする。

 醬油もそうである。濃口(こいくち)、淡口(うすくち)、溜(たまり)のような種別を表す語のほかに、「紫」の異名を持ち、「割り醬油」「照り醬油」「卸し醬油」「割下(わりした)」といった調理用途別の呼び方まで持っている。

 日本人が、これらの粋な言葉や的を射た心にくいばかりの表現を数多くつくりだしたのは、それらの言葉や表現を通して、日本料理の繊細で高度な技を、正統な手法により後世に正確に伝えるための知恵と手段だったからだ。「笹搔(ささがき)」といえば、牛蒡(ごぼう)などを笹の葉のように薄く削ることだが、そんな説明抜きでも、この言葉だけでだれでもそのように削り込めるし、「薬(やく)味(み)」といえば、何もいわなくても、料理によってその出しものが決まる。

 そして、「造り」という魚の生食は、「ああせい、こうせい」などといちいちそのつくり方を説明しなくても、糸造り、薄造り、平造り、はね造り、洗い、叩き、削(そぎ)身(み)、鹿(かの)子(こ)造りなどといった方が、より正確に理解できるのである。

 このように、味覚に対して、驚くべき繊細さを持った日本人は、その感覚や方法を実に正確に、そして味のある言葉に置きかえる能力を持っている。

 

200近い表現をもつ日本酒

 面白い例をひとつ紹介してみよう。日本酒を利(き)く(実際に口に含んで風味を評価する)時、匂いについての用語には麴香、吟醸香、老(ひ)ね香、酸臭など実に80数種もの表現があり、酒造現場ではこれを実際に嗅ぎ分けているのである。

 匂いだけではない。味でもコク味、まる味、重い味、軽い味、雑味、若い味、老ねた味、渋味、酸味、辛味、甘味、苦味、くどさ、切れ味など、これも70数種にも区別して表現し、実際に利き分けているのである。色とても同じで、照り、さえ、ぼけ、濁り、山吹色、コハク色など20余種に区別できる能力を持っている。

 ひとつの酒の香、味、色を、200近い表現に区別して利き分けている国など、日本以外には見当たらない。

 この日本酒をはじめ、味噌、醬油、焼酎、漬け物、製茶、のり、鰹節、蒲鉾(かまぼこ)など、日本で生まれ育った嗜好品をつくる際の古くから伝わる独特の専門用語を集めたならば、その言葉や語句は、おそらく数千種にものぼるだろう。

 日本人が料理や嗜好品を通して、日本人だけに通じる言葉を多数発明したのは、日本人の奥深い知恵と繊細な感覚、そして粋な表現能力によるものである。このすばらしい食の言葉や表現をいつまでも守り続けていくことこそ、日本料理を今後も伝統ある文化として継承していく、大切な要素のひとつなのである。

小泉武夫

 

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この記事を書いた人

編集部
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