骨まで愛した日本人(2)【小泉武夫・食べるということ(45)】

カテゴリー:食情報
投稿日:2018.04.25

 縄文時代から鯨を食べていた

 ところで、正確に言えば魚類ではありませんが、鯨(くじら)も日本人の食文化には縁の深い海の生き物です。日本人は縄文時代から鯨を食べ、骨や歯や鬚(ひげ)までも捨てずに利用してきました。大阪市東淀川区の瑞光寺(ずいこうじ)には「雪鯨橋(せつげいきょう)」と名付けられた、鯨の骨でつくった大きな橋が今も架かっています。日本の伝統芸能である文楽の人形も、強くしなやかな鯨の鬚で操るからこそ、人間そっくりの繊細な動きを再現できるのです。

 今、世界の反捕鯨国は鯨を食べる日本人を目の敵にして非難を浴びせますが、日本人ほど鯨に対して慈悲深く、畏敬の念を持って接してきた民族はいません。私は佐賀県唐津市へ行く機会があると、呼子町(よぶこちょう)にある龍昌院(りゅうしょういん)というお寺に寄り、お線香を上げてきます。この寺には、鯨鯢(げいげい)供養塔と鯨鯢千本供養塔が建てられているのです。「鯢」という字には「鯨の子ども」だけでなく「メスの鯨」の意味もあります。ですから、「鯨鯢」は父鯨も母鯨も子鯨も指す言葉。漁師がとったすべての鯨の成仏を願うための供養塔なのです。

 

 120年に渡る鯨の供養

 山口県長門市にある向岸寺(こうがんじ)には、「鯨鯢過去帖」が残されています。約120年間に渡って捕獲した鯨の一頭一頭に、たとえば「正誉鯨覚」といった立派な戒名が付けられ、供養されているのです。さらに、母鯨のお腹から出てきた胎児の墓もあります。この墓は、海に向けて建てられています。そこには、一度も海を見ることなく死んでいった胎児に、せめて海を見せてあげようという思いが込められています。こういった鯨の墓や供養塚は、全国に残っています。日本人はいただいた鯨の命を、人間の命と変わらぬ尊いものとして、心を尽くして慰めてきたのです。

小泉武夫

 

※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。

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