味噌さえあれば生きられた日本人【小泉武夫・賢者の非常食(3)】

カテゴリー:味噌, 食情報
投稿日:2018.02.11

バラエティー豊かな味噌料理

 味噌は、昔から日本人にとって貴重な調味料でした。握り飯に塗ったり(味噌握り)、ネギやワカメで「ぬた」にしたり、熱々のコンニャクに甘く煮た味噌をつけて「田楽」にしたりと、用途も豊富です。またきゅうりやダイコンやゴボウなどを味噌漬けにすると保存が効くので、救荒食としても大活躍しました。同じく魚や肉を味噌漬けにしても、日保ちがする上においしいので、日干しと並ぶ保存方法だったのです。

 味噌汁は、何も食べるものがないときには、具なしでも役立ちます。急場をしのぐには、味噌をお湯で溶いて飲むだけでもたんぱく質と塩分の補給ができて、元気が出る素晴らしい食品です。ニンジンやゴボウなどの野菜をたくさん煮込んだ「けんちん汁」ともなると、昔の庶民には大変なごちそうであったことは言うまでもありません。

 

1日60キロ歩く、江戸時代のスタミナ食

 味噌汁は、江戸時代の旅人の「元気の素」でした。江戸から京都まで、東海道中五十三次を歩いた旅人はどんなものを食べていたのか、少しお話ししてみましょう。

 今の東京日本橋からスタートする東海道には53の宿場がありましたが、総延長約500キロですから平均して10キロ弱で1つの宿場です。10キロ弱(2里半)という距離は、昔の旅人なら軽々と歩きますから、宿場があるたびに休んだりせず、いくつも飛ばして歩き続けました。

 驚くのは、江戸時代の旅人が宿を出る時間です。早い人で午前2時、普通でも午前3時、まだ夜が明けないうちから歩き始めていました。そうしていくつもの宿場を踏破(とうは)し、午後2時にはその日宿泊する宿で草鞋(わらじ)を脱いでいたのです。

 1日に50キロも60キロも歩いた彼らのスタミナ源は何だったのでしょうか。それは、豆腐を具にした納豆汁でした。彼らが宿で飲む味噌汁には、決まって納豆と豆腐が入っていて、何と3種類の大豆食品を汁にして食べていたのです。大豆には肉と同じくらいのタンパク質がありますから、タンパク質のトリプル摂取です。つまり大豆=肉としますと、この豆腐を具にした納豆汁は、肉汁に肉を入れ、さらに肉を加えるという驚くべきスタミナ食です。これを1日3杯飲むと、現代人が1日に摂取する肉などの動物性タンパク質とほぼ同量のタンパク質を摂取したことになります。しかも大豆にはコレステロールも脂肪もないので、この上もなく健康的な食べものです。

 昔の日本人は、今のようにご飯に納豆をかけて食べませんでした。納豆を味噌汁に入れて食べていたのです。これが、いわば豚汁のようなスタミナ食になっていました。「急場をしのぐには、豆腐を入れた納豆汁」という生活の知恵が行き渡っていたのでしょう。この食べ方は救荒食として災害時にも大いに役立てられたものと思われます。

 私たちも、災害時には昔の日本人の知恵を活用して、豆腐と納豆を入れた味噌汁を食べるようにしましょう。

小泉武夫

 

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この記事を書いた人

編集部
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