【小泉武夫・食百珍】粗の料理屋

カテゴリー:食情報 投稿日:2017.08.21

 我が厨房「食魔亭」には、酒客論客達がしばしばやって来て、俺の手づくり料理を肴に酒を飲んでは馬鹿げた話をしている。先日もA氏とM氏が来てご機嫌となり、「格安で美味い店を出すとしたらどんな料理屋を開きたいか」という話になった。A氏は、「猫飯屋<ねこめしや>」をやりたいという。豚汁、粗汁、けんちん汁、粕汁、なめこ汁などの汁をつくっておき、客が入ってくると、丼に飯を盛り、好みの汁をぶっかけて出す。ただそれだけで良いというのだ。

 メニューはこのほかに、例えば「本流猫飯」というのがあって、これは丼に飯を盛り、その上に削り鰹節、すなわち花かつおをぐっと多めに乗せ、その上から菜っ葉のおみおつけをかけたものです。人手は要らない、手間は掛からない、回転は速い、材料費はほとんどかからない、旨い、利益率は高いなど総合的にみても、猫飯屋は絶対に儲かるというのであります。

 M氏は「馬力屋」という店を開きたいという。体力を失った現代人に力をつけてやりたいと、食前酒はマタタビ酒、食中酒はニンニク酒、食後酒は赤まむし酒を出してやりたい。肴にはホルモン炒めや行者ニンニクの味噌和え、レバ刺し、馬刺しあたりを出してやりたい構想だ。

 

 魚の骨をしゃぶれるか

 俺は「粗屋<あらや>」という店を提唱した。魚の粗料理専門店で、魚の骨をしゃぶる味がわからなくては、食味を談ずる資格はないといつも思っているので、そういう店を提案した。この店の利点の第一は材料費が格安であること。大概は捨てるところであるから只同然。

場合によっては魚屋の方が頭を下げて届けてくれる。第二は調理の必要があまりないことだ。すでに調理された後の廃物なので、粗屋ではただぶつ切りにしたり、鱗(うろこ)をとったりするくらいなのである。また、料理をつくるとは言っても、所詮、材料は粗なので、そうこまごまと、繊細な料理は似合わない。そんなわけですから、従業員も俺一人で十分。人件費もかからぬことになる。

 客に出すメニューは、粗煮、粗炊(だ)き、粗汁、粗チリ鍋、潮汁、粗の摘入(つみれ)の骨団子、粗空揚げ、甲焼き、塩辛、鰭(ひれ)や縁側の焼き煎餅、白子の酢のもの、鰭スープ、皮焼きなど枚挙にいとまがないほど豊富である。酒は、食前酒が骨酒(こつざけ)、食中酒が白子酒、食後酒が鰭酒で十分。お茶漬けを注文されたときには、塩引き鮭の頭を焼いた「氷アタマ(ひず)茶漬け」か皮をこんがり焼いた「皮茶漬け」を出す。また通人には「煮凝(にこごり)丼」も出そう。粗料理専門店。日本どころか世界中、この地球上にたった一軒しかないユニークな店。実は俺はいつか、こんな夢を是非実現してみたいものだと思って、今でも真面目に考えているのである。

小泉武夫

 

  •                    

\  この記事をSNSでシェアしよう!  /

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう!
小泉武夫 食マガジンの最新情報を毎日お届け

この記事を書いた人

編集部
「丸ごと小泉武夫 食 マガジン」は「食」に特化した情報サイトです。 発酵食を中心とした情報を発信していきます。

あわせて読みたい