カロリー計算という異文化【小泉武夫・食べるということ(12)】

カテゴリー:食情報
投稿日:2017.07.14

 民族の遺伝子に逆らってはいけない

 前回(2017年6月22・23日)、沖縄の食文化について触れましたが、民族の遺伝子に逆らった食生活の怖さは、沖縄に限った話ではありません。

【歪められた沖縄の食文化 その1】

【歪められた沖縄の食文化 その2】

 

 日常の食卓がどんどん欧米化しているのは、日本人全体に当てはまる傾向です。世界一の長寿国にはなったものの、はたして日本人がいつまで長寿の民族でいられるか。私にははなはだ心許(こころもと)なく思えてなりません。

 戦後、アメリカの影響で日本にはさまざまな食べ物が入ってきました。植物と魚が中心だった日本人の食生活を見たアメリカ人は、「そんな貧しいものばかり食べていては日本人は強くなれない」とばかりに、食生活の改善を突きつけました。

 米ではなくパンを食べなさい、魚の干物なんかやめて肉を食べなさい、味噌汁なんかすすっていないで牛乳を飲みなさい−−−。その指導の背景には、自国の作物を日本に買わせようとする思惑もあったわけですが、食べ物と一緒に、食に対する新しい考え方までアメリカ人は日本に持ち込みました。それがカロリー計算です。

 この食材は××カロリー、この料理は××カロリーと、食べるものは片っ端から数値化されます。そして、「1日にこれだけのカロリーを摂取しなければならない」という指標を日本人に教え、カロリーを主体とした栄養改善をアメリカは日本に促したわけです。が、これは民族の食文化という観点からいえば、大きなお世話です。

 

 日本民族は“究極のベジタリアン”

 日本人が食べてきたものは8種類しかなかったという話を以前にしました(【なぜ日本人はキレるようになったのか?】)。「魚」以外の7種類は、すべて植物です。言ってみれば、日本民族は“究極のベジタリアン”でもあったわけです。菜食中心の食事をカロリーで計算すれば、当然のように低カロリーになります。しかし、低カロリーの食事で健康に生きてきたのが日本人なのです。

 敗戦直後の貧しい時代であれば、カロリーの高い食事をとりなさいという指導にも、一理あったといえるでしょう。しかし、慢性的な栄養不足の時期を脱した後は、食べ物をカロリー主体で考えるべきではないのです。

 低カロリーの食事で健康を維持してきた民族の遺伝子にとって、考えるべきことは「どれだけカロリーをとるか」ではなく、「何を食べるか」ということ。健康な食生活は、カロリーの足し算、引き算だけで判断できるものではないのです。

小泉武夫

 

※本記事は小泉センセイのCDブック『民族と食の文化 食べるということ』から抜粋しています。

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